マツノヒデマサの
日光街道・奥の細道を歩く

日光街道を歩く 第6回
小山宿〜石橋宿
2006年3月23日

 前日まで栃木県の天気予報が午前中雨だったので、予定通り行くのかどうか決めかねていた。朝6時30分に目覚め、天気予報で10時には雨はあがると言うので急遽車で出かけた。圏央・関越・東京外環・東北自動車道と乗り継いでの行程だが、昨日のWBC野球世界一のラジオ放送が気になり、間違って川口西インターで出てしまった。30分ほどの回り道をして9時18分にようやく小山市街地へ到着。須賀神社の前を通過し市役所の駐車場に駐車させてもらう。
 旧道に戻って北進する。まず左手に興法寺、50mの参道には桜の古木が9本、満開になるとさぞや見事だろう。本堂は小ぶりだ。境内左手に石造地蔵尊が建ち、バックの鐘楼を背景に写真を撮る。地蔵尊の右側に戊辰戦争時の弾痕が残っている。



   
                        石造地蔵尊
 戻って、小平産業の角に「小山ゆうえんち 小山温泉思川」の看板がかかる。温泉があったとは知らなかった。
 西側奥にゆうえんちが見える。右ひざ裏に違和感があり、少し痛みが走る。田中歯科医院をすぎた左奥に観音堂がある。境内の右側に石仏が並び、正面台座に「右へ奥州海道 左へ日光海道」と記されている。

「喜沢」交差点を右折し、しばらく新幹線高架に沿って歩く。途中左手の雑木林側の道に入り、10時32分喜沢の一里塚に出る。江戸から21番目の塚。

 ここでずっと我慢していた自然現象が限界で雑木林で花を摘む。 
田中歯科医院を過ぎた左奥に観音堂
田中歯科医院をすぎた左奥に観音堂
青木家の木の門
青木家の木の門 
 次の十字路を左折し、国道4号線に合流。県道33号線で交差点「羽川」、左が栃木、右が結城との道路標示。JAあたりから新田宿だそうで、11時、新田宿本陣跡青木家の木の門が左手に見える。
 この先左手に入ったところが旧道らしいがすぐに途絶えるというので、まっすぐ国道沿いを行く。

 すぐ右手に村の鎮守橿原神社(星宮)の参道が見える。参道は200mはあるか。桜の古木に三分咲きの花がほほえましい。すっかり晴れわたり、道沿いの民家の庭には春の花々、梅・すいせん・れんぎょう・こぶしなど花盛りで気分がよい。



 11時16分、オートアルズ小山北店で「下野市」に入る。「小金井駅前」を11時25分に通過。小山からここまで8.3km。すぐ左手に見事な「小金井一里塚」が見える。街道を挟んだ二つの塚が原型を保って残るのは全国でも珍しく唯一国の史跡に指定されている。二つの塚の間を歩幅で測ると18mだったが、表示板では25mと記されている。北に向かって右が榎とくぬぎの木、左手に榎の古木が。くぬぎの皮は荒々しくひび割れて、よくぞ風雪に耐えた。私は体を寄せて抱きしめてみる。続いて、1196年(建久7年)新田義兼の開基による滋眼寺に向かう。途中蕎麦屋の駐車場の看板があったが、その店がわからない。境内にいた女性に聞いても判らない。
小金井一里塚
小金井一里塚
滋眼寺
新田義兼の開基による滋眼寺

 滋眼寺は、1883年に朱色の観音堂鐘楼を除き焼失した。観音堂、鐘楼は江戸期の建築物だ。堂内には弘法大師作といわれる千手観音菩薩・延命地蔵菩薩・毘沙門天が安置されている。

    鐘楼
           滋眼寺は、1883年に朱色の観音堂鐘楼を除き焼失した 
本陣跡(大越家)
本陣跡(大越家)
観音堂
朱色の観音堂
 古い家並みと本陣跡(大越家)の門を見ながら通過。小金井郊外に出て、畑が回りに広がり、馬糞の匂いもする。しばらく、食事場所を探しながら歩く。右手に「手打ちそば里味」の看板があるが、店がわからない。すぐ先の左手に「手打ちうどん 田舎や」の看板が・・・。対面に「元祖モツ煮」の店もあり、迷ったが、うどん屋に行く。12時20分、お昼時で賑わっている。冷たいとろろうどんと温泉卵を所望する。「武骨に太く強いコシ かめばかむほど味が出る」と宣伝文句。うたい文句通り、腰が強くまじめに噛んでいるとあごが疲れる。



 12時40分店を出る。手前のパチンコ店の所から左折して、国道に平行した小道が旧道らしいので、途中から畑をまたいで移動する。2kmもの直線で、しばらく騒音から離れて畑道をのどかに歩く。国道沿いに自治大学駅辺りから立派な松並木が続いている。旧農林省の試験場だったところとか。突き当たりの右手に倉井レストランを目印に再び国道沿いを歩く。直線上の所に下石橋一里塚があったといわれる。丸大ハムの巨大工場を過ぎて、国道352号線と立体交差「下石橋北」が見えてくる。手前左手に9体の石仏と十九夜塔が国道に背を向けて建つ。交差点は夕顔の橋といわれている。さらに4〜500m北上すると石橋駅入り口交差点になる。手前右の伊沢写真店がかつての脇本陣伊沢家だが、それらしき史跡は残っていない。



     石橋開雲寺
                   
石橋山開雲寺


 いよいよ足の膝裏が痛くなってきた。この先の駅まで6kmはあるのでそこまで2時間足が持つかどうか自信がなく、石橋山開雲寺まで進んだが戻って駅に向かう。開雲寺は781年開基の寺で、日光廟造営後日光参詣の将軍の休憩所になった。そのため寺紋が葵だったり、土塀が城郭様式なのだそうだ。本堂・庫裏・山門・鐘楼・地蔵堂などは安政年間(1854年から1860年)の再建、本尊の阿弥陀如来像は室町時代の作。
 石橋町は昭和50年にドイツのシュタインブリュッケンと姉妹都市を結び「グリム童話の里つくり」をしている。

14時15分、石橋駅舎はグリム童話のイメージを模した夢のある楽しい駅舎だ。
       石橋駅舎
                   
石橋駅舎 

 小山宿から新田宿、小金井宿、石橋宿と延べ13.2km歩いたことになる。(2006.3.23)

  


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写真の位置は


興法寺 石造地蔵尊
興法寺 石造地蔵尊        005


田中歯科医院を過ぎた左奥に観音堂
田中歯科医院を過ぎた左奥に観音堂 008


喜沢の一里塚
喜沢の一里塚     013


青木家の木の門
青木家の木の門    017


小金井一里塚
小金井一里塚     023


滋眼寺
滋眼寺        025


観音堂
観音堂        028


鐘楼
鐘楼         031


本陣跡(大越家)
本陣跡(大越家)   035


9体の石仏と十九夜塔
9体の石仏と十九夜塔 041


石橋開雲寺
石橋開雲寺      046


石橋駅舎
石橋駅舎       050